ヒロニャン情報局

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大好きだったお婆ちゃん 

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私の実家は東海地区にある自動車工場の会社の団地でした。両親は共働きで、私は兄弟もおらず、いつも独りでした。
でもそんな私を、いつも優しく見守ってくれていたのが、母親の母、つまり私から見ればお婆ちゃんでした。お婆ちゃんはお爺ちゃんを戦争で亡くして、戦後の日本において、残された子供4人を女性独りで育て上げた生粋の関西人であり、常にお笑いを求めている面白い女性で、まさに人生は笑ってなんぼを地で行く人間でした。

笑わないと人もお金も寄り付かなくなると言うのが、私がお婆ちゃんから教わった信念になります。いつも笑っていなさいと教わりました。また周りを笑わせなさいとも教わりました。だから私は、家でも近所でも学校でも放課後の活動でも子供会でも、いつでもどうやったら皆んなを笑顔に出来るかを考えていましたし、同じ考えの仲間を選ぶ様になっていました。

お婆ちゃんとの思い出は、特に週末、駅前のデパートまでバスに乗って買い物に行き、そこで流行りの東映マンガ祭りの映画を見たり、アイスやたこ焼きや鯛焼きやハンバーガーやフライドポテトやクレープなど、好きなものを買って貰えるのが楽しみでした。

今思うと、友達も沢山連れて行ったから、ちょっと大変だったかもしれません。そんなお婆ちゃんが大好きで、我がままばかり言って困らせましたが、全然、怒らず、まさに私の唯一の良き理解者でした。

1番印象に残っているのは、私がまだ低学年の頃、欲張り食べ過ぎて、お腹を壊してしまい、帰りのバスを降りてから団地に帰る途中で、オシッコを我慢出来ず、お漏らししてしまった時のことです。

スカートもパンツもビショ濡れになって泣いていると、お婆ちゃんは笑顔で、一度お婆ちゃんの所で着替えてからお家に帰ろうね。よくここまで我慢できたね。偉かったよ。と褒めてくれました。私も直ぐに笑顔になりました。

そんな大好きなお婆ちゃんとも高校卒業後、社会人になり、勤務先で知り合った営業職の男性と結婚することで転勤が多くなり、会えなくなっていました。でも孫が出来て、見せに行った時は凄く喜んでくれました。

そして結婚して10年ぐらいたったある日、電話が鳴りでて見ると、お婆ちゃんが危篤状態で救急車に運ばれて、今、集中治療室だと連絡が来ました。直ぐに夫と車で病院に、向かいました。けれど、実家までは車で4時間程度かかり、さらに渋滞にもハマってしまい、どうしようもありませんでした。やっと到着した時、お婆ちゃんは息を引き取っていました。間に合わなかった。心底、泣けてきました。

最後に一言、本当に今までありがとうございましたと言いたかった。お婆ちゃんいつまでも大好きだよ。



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