ヒロニャン情報局

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農家に嫁に来て・・

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結婚とは一体何なんでしょうか?

今も私にはよく分かりませんし、分かりたいとも思いません。

強いて言うなら、好きな男性と家庭を持って、順調に子供が出来たらもう少し違った幸せとかがあって、嬉しかったのかなと今さらながらに思うときはありますが、やっぱり、結婚を考えると、それも鬱になります。

結婚って、向いてる人と向いてない人が居て、私みたいに向いてない人は無理に結婚する必要もなく、自由なおひとり様を楽しむ人生があっても良いと考えています。

私自身、20代の時に一度結婚を経験しました。

元々背が低くて、外見も悪くて、しかも不愛想で地味で真面目なだけの私は、28歳の時に地元の農家の方とお見合いで結婚しました。

今思えば、考え方がかなり甘かったのだと反省しています。

その結婚で、私は人生最大の修羅場を経験しました。

私の簡単な経歴をお話ししますと、地方都市の地元商業高校を卒業後に首都圏の情報系短大を卒業し、中堅商社で働いていましたが、25歳を過ぎた頃から実家からの結婚圧力がかかり始めました。

いつまで好き勝手に人生やっているんだとか、結婚の貰い手がなくなるとか、改めて思えば言いたい放題で、そんなの気にしないで自然に生きていれば良かったと常々反省していますが、あの時は早くしないと本当に結婚できなくなると言う焦りもあって、実家のお見合い話に乗ってしまいました。

そこで知り合ったのが、同じ歳で地元国立大学出身の高学歴で背が高くて美男子のお見合い相手で、私の方が一目ぼれしてしまいました。

又、相手の方は非常におっとりとして穏やかで優しい男性だったので、少し気の強い私にとっては、丁度良い感じの男性でした。

お見合い後、相手の男性も私を気に入ってくれまして、案外、トントン拍子で婚約から結婚まで進みました。

ただ、結婚前から気になっていたのが、お相手の方は農協の職員で、実家も大きな農家だったことでした。

私自身は、農業とは全く関係のない人生を送ってきたので、農業を私もしなければならないかもと言う不安がありました。

でもその辺の不安は、元夫が全てカバーしてくれるから安心してお嫁に来て欲しいと言われ、その言葉を信じて結婚しました。

しかし、現実はやはりそんなに甘くはありませんでした。

農作業は日が出ると共に始まります。

朝は早くから田んぼに出かけ、お茶の時期には茶畑に、野菜の収穫時期には畑に出かけ、イチゴハウスなどもあって、その作業の手広さに驚かされました。

でも私も嫁に来た以上、頑張ろうと思っていました。

28歳の時でした。

しかし、その頑張りも長くは続きませんでした。

そのような身体を酷使する生活が2年程度続いたある日、私は鬱病になってしまいました。

元夫は優しく介護してくれました。

しかし、元夫のお父さんは、そうはいきませんでした。

毎日毎日、使えない嫁が来たと言われ続けました。

そして、病状は悪化するばかりで一向に改善しないので、私は決意しました。

元夫に一度、元夫と義理の父母を交えて、今後の事について話をしたいと相談しました。

元夫の不安そうな顔は忘れません。

そして、地元の老舗の料亭で、その話し合いの場が持たれました。

そこで、ハッキリ私は言いました。

義理の父母との同居が肌に合わず、このままでは私は壊れてしまうと言うことです。

なので、元夫と一緒に実家を離れて別居させて頂くか、私が離婚してこの家を出るかのどちらを決めたいということを伝えました。

元夫にも事前に話はしていましたが、それを現実的に義父母の前で直接話したことで、かなり動揺していました。

そして、しばらく義父と口論になりました。

その時のことは正直言って、緊張しすぎて頭が真っ白になり、明確には覚えていません。

でももう自分を守るのは自分しかいないと腹をくくって、全てをさらけ出しました。

凄く疲れたのを覚えています。

散々、お互いに罵り合った挙句、最終決断は元夫に委ねられました。

元夫は黙ったままでした。

あの時、強引にでも私と一緒に別居すると言ってほしかったです。

でも何も言ってくれませんでした。

その後、私たちは離婚しました。

離婚後、私はまた上京して、今はおひとり様ですが、自由な人生を歩んでいます。

もう縛られるのは懲り懲りです。


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