ヒロニャン情報局

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我慢を強いられた辛い子供時代

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血のつながった家族・兄弟といっても性格がそれぞれ違い、合う合わないはあります。

なので兄弟や家族との関りが上手くいかずに苦労する人も少なくないと思います。

私の場合は、1歳離れた弟がいるのですが生まれたときから知的障害を持っておりました。

これから書くことは全部子供の頃のことです。
 

最初は覚えているときの年齢で4歳頃から母親に、「弟が障害を持っていたことがすごくショックで悲しくて嫌だった」「〇〇(弟のこと)はあてにならないからお姉ちゃんがお母さんを楽にするように頑張ってね」「お母さんは誰にも頼る人がいないからお姉ちゃんはお母さんのお姉ちゃんになってね」と言われてきたので子供心に頑張らなくちゃと思い、母が不機嫌にならないように喜ぶように自分なりにやってきました。

小学低学年の頃に、母が「〇〇は生まれたときから知能に障害があるから、弟はずっと赤ちゃんだからね」「すぐに泣くし、後が面倒だから私は赤ちゃんと思ってる。だからお姉ちゃんも赤ちゃんと思って接するように」「兄弟と思わずにお母さんのように接するように」と言われました。

今までも弟に嫌なことをされても怒らずに優しくするようにしてきましたが、この言葉がきっかけで以前よりも心がけて、感情を出さないようにしてきました。

私は生まれたときからそのようなことしか知らないので何も不満はなかったのですが、母には凄くストレスが溜まることだったようです。

母は「私が子供の頃は兄弟で言いたいことを言えて、取っ組み合いのけんかもできたけど、〇〇があんなんだから今はできない」「お母さんは言いたいことを言えないからお姉ちゃんだけはお母さんが言うことは何でも受け止めてね」「お母さんは聖母マリアのようだからもしお姉ちゃんに傷ついたことを言っても傷ついてはだめだよ」「聖母マリアのようなお母さんを傷つける人がおかしい」「聖母マリアのようなお母さんが言うことは間違いがない」「だから我慢しているからお姉ちゃんはお母さんのはけ口にならないとけいない」と言われ続けました。

私はその時はそうなんだ、お母さんは聖母マリアのように優しいから私が嫌な思いをしても我慢しないといけないんだとずっと思っていました。

また、母は私に言う言葉と父に言う言葉が全く違う内容でいつも聞いていたら心の中で何か違うなと思っていました。

母はいつも「お父さんはお姉ちゃんのことが好きではないみたいよ」「義務だから仕方なく接しているよ」「好きではないらしいから捨てられないようにしないとね」と言っていて、私はそれをすべてうのみにしていました。

父に確かめるのも怖くてなるべく父に負担のかからないように接してきました。

大人になった今思うのですが、母が何を言っても私は私らしく子供らしくしていればもう少し苦労せずに済んだんだと思います。

子供の頃は家の中はいつもいつも緊張をして気を遣うところだと思っていました。

でも、父にも子供の頃に勇気を出して母から私のことを好きではないと教えてもらったんだけどと聞いていれば何か違ったのかもしれません。

未だにどうしたら良かったのか私には分からないです。

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