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モラハラ夫と離婚して再婚した男性との貧乏な生活

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私が貧乏生活に突入したのは28歳の時です。

夫の度重なるモラハラにより、息子を連れて別居を経て離婚に至りましたが、離婚までには2年かかりました。

別居時にアパートを借りて、直ぐにフルタイムの仕事を探して就職しましたが、女手一つで育てるにはどうしてもお金が足りませんでした。

主人は元から経済DVもありましたので、勿論お金もいただけませんでしたし、公的支援を受けようにも、離婚をしていないので頼れませんでした。

毎日、仕事の後に息子を保育園へ迎えに行き一緒にスーパーへ行き、モヤシや見切り品、安い食材を買って帰り食事作り。

元々食が細い子だったので大分助かりましたが、それでも生活は苦しかったです。

市営住宅を申し込みましたが、それも似たような境遇の人が多い為か、順番待ち状態でした。

水道光熱費など、いくら節約しても固定費がどうしてもかかるので、節約できる部分は食費になるので、食卓はいつも寂しかったです。

それでも息子にハンバーグを食べさせたくて、ほぼ豆腐の、豆腐と鳥ミンチのハンバーグがご馳走でした。

そんな別居生活を2年続け、やっと主人は離婚に応じてくれ、気持ち的には楽になり、公的支援も受けれる様になりました。

離婚の際にも、主人から暴言を吐かれ、養育費も慰謝料も0でしたが、それでも離婚した方が幸せだったのでお別れしました。

離婚してからも相変わらずの貧乏な生活でしたが、公的支援のお陰で、モヤシばかりの食卓が少しはマシになりました。

とても有り難かったです。

それからは、離婚により住民票が移せられたので保育園も変え、通勤が楽になりました。

そしてその生活が2年経った頃、会社に出入りしてした男性と親しくなり、お付き合いする事になり、更に2年を経て結婚。

しかし、結婚したものの貧乏生活は相変わらずでした、何故ならば彼も元から貧乏だったからです。

その頃にはもうお互い貧乏生活には慣れていたので、特に気にはしていませんでしたが、時同じくして私が妊娠、私の収入が無くなり、もっとピンチに…。

パンの耳を貰ってきて食べたりしていました。

冬なのに暖房も使えなかったので、みんな毛布に包まってました。

結婚して安アパートに引っ越ししていましたが、壁が薄くて、真冬は窓際に白い冷気が通過するのが見えるんです。

家の中で息が白く、今思えば良くあんな生活出来ていたな…と当時の事を感心します。

貧乏はキツかったですが、それはそれでいい経験をしたな、と思います。

お金の有り難みがわかったし、あの生活を経験したからこそ、少々お金が無い時でも工夫ができています。

 

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