ヒロニャン情報局

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貧乏で電気もガスも止められました。

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私が、貧乏だと感じたのは、主人がすぐに仕事を辞めて来てしまい、次の就職先を見つけるまで、数ヶ月は無職の日々が続いた時です。

私は、パートで勤めてはいましたが、パートの収入だけでは、光熱費を支払うか、食費に回すかと、悩んでしまう程の収入しかありませんでした。

主人も仕事を探してはいましたが、すぐに働いたとしても、1ヶ月は働かないとお給料にならないので、いつもピリピリした家庭環境になってしまいます。

小学生の二人の息子を育てながら、私は、通常のパートでしたが、残業したり、休日に出勤したりと、少しでも収入を増やそうとしていました。

ある日、真冬の夕方、仕事を終えて、自宅に帰ると、外は真っ暗なのに、家の灯りも付いていないんです。

私は、子供達がいるはずなのに、と思い慌てて、部屋に入ると、子供達は、電気も付けずに、リビングで、掛け布団にくるまり、眠っていました。

私は、ビックリしながら、電気を付けようとするも付かないんです。

子供達は、電気が付かないから、寒くて、布団にくるまっていたみたいなんです。

私は、その時に本当に自分が情けないと思いました。

子供達をギュッっと、抱きしめながら、涙が止まりませんでした。

寒さをしのぐ為に、お風呂を沸かそうとするも、ガスも止められ付きませんでした。

電気もガスも止められ、固定電話も止められています。

もう、惨めで、惨めで、仕方が無くて、主人が仕事から帰って来るなり、当たり散らすしかなかったです。

子供達は、自分の持っていた、ゲーム機を持って来て「売っても良いよ。」と、私に渡しました。

本当は、売って欲しく無い子供の気持ちも分かるし喧嘩をして欲しく無いという思いも分かったので、気持ちだけ貰いながら、その日は、食パンを家族四人で分けながら食べました。

主人は、親に援助を頼みましたが、冷たくあしらわれ、勤めた会社に前借りを頼み、とりあえず、光熱費を支払う事は出来ましたが、次の月も落ち着いて生活が出来るまで、貧乏生活を送っていました。

私は、昼のパートと夜の居酒屋でバイトをする事にしました。

いつまでも、子供達に惨めな思いをさせたくないと思う気持ちと、惨めな貧乏生活を、早く脱する為に、数ヶ月の辛抱だと思い頑張りました。

落ち着けるまでは晩御飯は殆どおにぎりと具の無い味噌汁だけでしたが、「食べられるだけ、ありがたいよね。」と言いながら、平成の時代とは思えない生活を送りました。

おかげでハングリー精神が養われた気がしました。

 

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