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ブラック企業で働いていたときの貧乏生活

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ブラック企業で働いていたときの貧乏生活

のちに就職氷河期世代と言われる時期で、私は専門学校を卒業したのですが求人自体がなく、同級生でも派遣社員やフリーター、留学したりほかの学校に入り直したりといった正社員の就職をした人が少ない時代でした。

私は当時アルバイトをしていた飲食店にそのまま正社員として入社し、働きました。

24時間営業のお店だったので、夜勤ももちろんあります。

・ブラック企業だった

ところが、夜勤のあとにそのまま昼間のシフトに数時間後に入れられたり、日付をまたいでいるためそれは休みとしてカウントされたりと、まともに休みが得られない状況でした。

さらに、月220時間以上の労働は労働基準法で禁止されていたため、それ以外はすべてただ働きです。

月の給料は手取りで18万円くらい、さらに私は両親も頼れず当時一人暮らしをしていたため、生活費も自分ですべて出していました。

家賃や光熱費、食費などを含めると貯金はほとんどできません。

一生懸命働いても給料にはカウントされず、残業代や休日出勤代はもちろん出ないため毎月貧乏な生活をしていました。

また、友人が結婚したり出産したりといったお祝い事が重なると、月のお金がマイナスになってしまうことも多かったです。

・銀行口座がマイナスに

結局私は体を壊してブラック企業を退職、そのとき貯金はマイナスでした。

しばらく働けなかったのですが銀行の口座はマイナスになったまま、しかも年金や健康保険も払えない状態でした。

持っていた衣類や不要物をリサイクルショップに売りに行っても数千円にしかなりませんでした。

食べ物も満足に購入できなかったのですが、食欲がわかなかったのでなんとか耐えられました。

貯金どころか口座がマイナスの底辺の貧乏です。

借金はしませんでしたが、銀行口座は20万円ほどマイナスになりました。

人からの連絡を受けるのもおっくうになったので、携帯の着信やメールはすべて無視していました。

・伯母が助けてくれた

そんな私と連絡を取れなくなったことを不審に思った伯母が、たまたま自宅まで訪ねてきてくれて、私の姿を見つけました。

実は一人暮らしをする前、数ヶ月間だけ伯母のところでやっかいになったことがあったのですが、その時に月に数万円ずつ入れていた生活費を伯母はすべて取っておいてくれたのです。

30万円ほどありました。そこで私は伯母に付き添われて心療内科を受診してうつ病と診断されました。

伯母がくれたお金で健康保険や年金も払えたので保険証を持てました。

そこで受診料をすべて払い、投薬治療を開始しながら職探しをしました。

・まとめ

派遣の事務の仕事につきましたが、ブラック企業よりも給料もよく、土日休みでやっと人間らしい生活が送れるようになりました。

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