ヒロニャン情報局

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私の長期にわたる貧乏人生をご紹介します

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私の貧乏人生は約20年前、家を出た大学生の時からスタートしています。

 

家が3人兄弟で裕福ではなかったので、妹や弟のことを考えて国立大学を目指しました。

 

家から通える所を考えていましたが、自分が行きたい学科が国立だと九州にしかなかったので家を出て一人暮らしをすることになりました。

 

学費は半分実家に出してもらい残りはアルバイトをして自分で稼いでいました。

 

はじめは弁当屋でアルバイトしていたので、自分一人で切り盛りする時間などは客がいない時にしゃがんでご飯や総菜を食べたりして飢えをしのいでいたこともあります。

 

このアルバイトは絶対に辞められないと思っていました。

 

着るものには本当に困っていましたが、同じ関東から来ている裕福な友達からいらなくなった服を譲ってもらっていました。

 

その子は結構派手で流行の服をシーズンごとに買いそろえる感じだったので、ちょっとシーズンが遅れた服を着るような感じでした。

 

派手で目立つ子だったので皆の記憶に私が着ている服が残っていて、体形は似ていましたがそれ以外は似ても似つかなかったので憐みの目で見られているんだろうなと考えると辛かったです。

 

それでも新しい服が手に入るので本当にありがたかったです。

 

今でも着れそうなデザインのものは着させてもらっています。着るもので本当に当時から困っていたのは下着です。

 

下着はさすがにもらえないですよね。でも、結構消耗するんですけど買えないのです。

 

ゴムがゆるゆるになったのとか、一つ位穴が空いているパンツは一年位履いていました。

 

銭湯とかプールとかに行った時は絶対に見られないようにパパっと着脱したりして本当にみじめでした。

 

こんな所に来なければ良かったと思いました。

 

4年生になった時には時間がなくて人がいない時間にアルバイトに入ることが出来なくなり食べるにも困るようになりました。

 

どうしようもなくお腹がすいて早朝港に行き、割りばしと糸で作った釣り竿に実家から送ってもらった桜エビを一つ付けて小さい魚を釣ってそれを焼いて食べていたこともあります。

 

魚が簡単に釣れるので本当に助かりました。そんな4年間を過ごし何とか卒業して就職も決まり東京に帰って来ました。

 

その後も父親が大病を患ったりして妹や弟の学費も稼がなきゃならなかったので、結婚も30代後半になってしまいました。

 

子供は未だ授かっていませんが、昨年旦那がリストラされてまた第二の貧乏生活に入っているので、もちろん不妊治療なんかするお金もないし私と同じような貧乏生活をさせるくらいなら子供なんかいらないと思っています。

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