ヒロニャン情報局

節約、子育て、旅行等に関する情報を投稿してます。

母は学校への支払いのお金が準備できないと空の封筒を私に持たせました。

f:id:jzc01651:20190609201027j:plain


母子家庭で三人兄弟という我が家は幼い頃からお金には縁がありませんでした。

町営の安いボロボロの家に住まわせてもらっているのに、その家賃すら支払うことができずに家賃や税金の支払い相談にこられる市役所の人と顔見知りとなっていて、そのような重要な話をしているとは知らなかった私は、あのおじちゃんがまた来てくれていると笑顔で挨拶をしたものです。

さらに、電気代やガス代も支払うことが出来ずに、月末付近になると電気が止まるのが常でした。

今思うと支払いをしていない母親は電気が止まることは大体把握していただろうに、毎回止まったことに驚いて見せていて、私は冷静に月末だからねと思うようにさえなっていたのです。

そのため、物心ついたときにはいつ電気が止まってもいいように、ろうそくや懐中電灯を準備しておくようにもなったのです。

支払いができないということが、我が家では当たり前となっていました。

中学生くらいになると、我が家が貧乏であることを認識せざるを得ない事件にも度々遭遇するようになり、学校に持っていかなくてはならないお金が準備できないと謝られては恥ずかしいと反抗し、私が反抗することを嫌がった母親が取った驚きの行動は、封筒を準備してお金を入れずに渡してくるという手段だったのです。

そのため、何度となく職員室に呼び出されて、封筒が空だったと不思議そうに言われてしまい、とうとう私は空の封筒を持ってくるというレッテルも貼られました。

町営住宅の家賃すらも支払いができない我が家では、欲しいものも購入できずに中学生になって制服があることがとても助かりました。

着替えて遊びに行こうという友だちの誘いにも、「制服が着れるのは今だけだから制服でいたい」という謎の主張をして、洋服をあまり持っていないことがバレないように工夫をしていました。

大人になっても貧乏な我が家というのは変わらず、仕事をして家賃などを支払うため母にお金を渡すと、それは支払うべきものに使われずに、母が好きなものを購入するため、結局毎月のように電気は止まり、役所の人が訪れる日々でした。

仕事をして家にお金を入れなくてはと思っていたのですが、母から家庭の収入が増えると家賃も倍くらい増えると愚痴られ、遠回しに出ていって欲しいと言われていることに気がついて、独り暮らしをするようになり、電気が止まらない、役所の人などが来ないという日々を送り、ようやく我が家の異常性に気がついたのです。

もう二度と、あのような惨めな貧乏暮らしには戻りたくありません。

スポンサーリンク

にほんブログ村 その他生活ブログ 貧乏・生活苦へ
にほんブログ村

節約・貯蓄ランキング