ヒロニャン情報局

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子供の頃父親が50社近く転職した為貧乏でした。

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私は、子供の頃に母が亡くなり父親に育てられました。

父親が破天荒で元々社長だったのですが、会社が倒産してからは職を転々として多分、50社近く転職した為貧乏でした。

プライドが高く仕事を選ぶので、私は小学生の時、1週間お茶づけしか食べられず、
立ち上がるたびにめまいがしたり、風呂上りはほぼ100%たおれていました。

家賃が払えず大家さんがよく家賃取り立てに家に入ってくるので、父は押し入れで寝ていました。

全然お小遣いをくれないので万引きしたことはないのですが、ある日父のポケットから小銭を盗もうとしたら、5円しか入ってませんでした。

小学生でも、いまは携帯電話持っていますが、当時は自宅に電話があるのが普通なのに私の家にはなく恥ずかしい思いをしました。

小学生のときに住んでいた家を追い出され、違う家でも、また家賃滞納で家を出て行くように大家さんに言われ、ある日私が一人でいると差し押さえがきました。

一人で心細かったですが、たんたんと「これはお父さんのもの?」と聞かれて、赤い紙を貼られていきました。

最後は、大家さんに水道を止められて、家の前の公園で兄が水をくんできていました。

電気が止まるのはかなりの頻度…

自分の人生を思い出すと、悲しくなります。

教科書も買えず、恥ずかしい思いをしたり、友達にも貧乏で悩んでいることを言えず…

高校生になり、また家を追い出され、お風呂のない家賃2万円のアパートで冬も、お湯を沸かして流しで体を洗いました。

コタツの上にミカン箱を置いて机にしました。

鍵も壊れたので、2階なのに、よじ登って窓から入りました。

ある日私の家をみんなで見に行こう!となり、まさか汚いからダメとも言えず、5人ぐらいでうちに来て、家の前でみんな何も言えずそのまま帰りました。

授業料も払って貰えなかったので、奨学金を受けるまでは、毎回みんなの前で、先生に授業料の支払い請求の紙を貰いました。

恥ずかしくて、情けなかった…

父は、女性の家に住んでいたので、一日の食費は、兄と私で、500円で暮らしました。

それで夜ご飯とお弁当を作らないといけなかったので、今なら、なんとか作ることは、できたかもしれませんが、当時はまだ子供で分からなかったので、いつもインスタントのミートボールや、フライ物を作っていました。

ある日、友達に、黒焦げになったお弁当のコロッケを笑われて、恥ずかしかった…。

さんざんだった子供の頃…私も兄もいい年なのに未だに独身…

家庭にいいイメージが、抱けなかったんですね…

でも、私は当時勉強しなかったので未だにあくせくしていますが、兄は頭がよく、当時予備校も通えなかったのに、一生懸命勉強していい大学に通い今では高給取りになりました。

兄は、よくがんばりました。

はぁ~私は、もう、疲れました…。

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