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夫からのDVにより精神神経科へ七ヶ月入院

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前夫からDVを受けておりまして、産後から虚弱体質になり、慢性膵炎・慢性胃炎・血尿とトリプル病気でDr.より、直ぐに入院をする様に勧められていたのですが、前夫は、Dr.に騙されているだけだと言い張り、聞く耳を持たない人でした。

その頃は、膵炎の本が出版されておらず、私は、糖尿病に近い病気だと分かっていたので、仕方なく自分で油抜きの食事なら治せるのではと、勘で治しましたが、三人三様の食事を作る事と娘がオムツを取り替える時期であった為に、必死でした。

前夫は、私に対して、言葉の暴力から手が出る暴力へと発展していました。

私に対して、「お前の身体を見てみろ」と言い放ち、私を殴り、私が殴り返すと余計に殴られる始末で、されるがままでした。

「俺が暴力を振るうとは・・・」と自問自答してはいましたが、私には、一切謝罪はなし。この人は、ダメだと思っていました。

しかし、私は、身長159cm対して42kgまで体重が落ちていて、精神神経科へ飛び込みで何とか入院致しました。

その入院は、保護入院になっており、主人の許可なく退院が出来ないのです。

離婚したら、慰謝料を請求する。と脅しの言葉。執拗に私に執着していました。閉鎖病棟に七ヶ月、長かったです。

でも、Dr.からは、叱られる事も説教される事もなく、叱られるのは前夫。

前夫は、このままでは娘が一人になってしまうと察知して、娘を溺愛していた為、娘の前では一切暴力は奮いません。

今は、その娘も26歳になっていますが、どうしているか。分かりません。

私は、別居当初より、歩く事がフラフラ状態で車椅子を市から借りて軽自動車が私の足でした。

老後の事を考えて貯めていた私名義の唯一のお金で、軽自動車を買い、車椅子は、高くて買えず、電気屋さんの展示会で安くで売っていた2、3万の市販の車椅子を購入。

お風呂には、週に二度程度だったでしょうか。母に身体を洗ってもらっていました。
実家の前の空き家を二万円の家賃でお借りして、傘を杖にして歩く練習し始めました。

我流のリハビリです。

私には弟がいますが、2、3歳の頃に友達と遊んでいて、頭を打ちてんかんになってしまった為に、両親と弟は自動車の運転が出来ない為、生活保護を受けに行こうとするも、全部自分で行動するしかなかったんです。

結局、生活保護は受けられなかったのですが、貧乏生活は苦にはならなかったです。

男性恐怖症となった私は、別居当初は離婚出来た開放感がありました。お風呂のない家で一人暮らしとなり、しばらくは母が差し入れに作ってくれるにゅうめんくらいしか食べれなかったです。多分、当時は47kgだったんだと思います。

膵臓の検査は、ERCP(内視鏡を使った造影検査)で膵管胆管合流異常だと判り、娘の事を考えて二十歳までは、頑張って生きないとと思って、食事制限をしていました。

働ける事も出来ない私は、生活保護の面接官の方から、慰謝料を請求する様に言われましたが、怖くて会えるはずなどなく時は過ぎ、田舎の祖母が、私を頼って病院に連れて行って欲しいと頼まれたり、又、父の病院の付き添いにもついて行きました。

ボランティアばかりしていました。

田舎の一人暮らしの祖母の所に行くのが、気が休めた時間だったのかもしれません。

そんな中、ローカルな道で高校の先輩と再会して意気投合し、長電話が続いたので、これでは、彼の仕事の支障をきたすと思い、お互い一人暮らしだったので、私が、彼の所へ行き同棲が始まりました。

幸せな再婚生活が待っているかと思い気や、原因不明の食後の二時間後の腹痛でドクターショッピング(医療機関を次々と受診する行為)が始まりました。

主人は、会社を辞めて私の看病についてくれて、生活費を崩す貧乏生活が始まりました。

夕食後の二時間後の腹痛後に血液検査をすると急性肝炎で強制入院の繰り返しです。

段々と食べる物が、おじや(おかゆ)の様なものになっていきました。夜も睡眠不足になり、それでも、献身的にみてくれていた主人に感謝です。

半年後、時間外の急患で診て頂いた外科医のDr.の触診と予約していたCTの撮影の判断の速さで、胆石が原因だと判明し、又、急性肝炎になり、取り敢えず、その病院に入院し、翌日、精神神経科と連携して頂けるいつも通っていた病院に転院し、色々手術前検査をし、心臓が引っかかってしまいましたが、自覚症状がない為、そのままになっていました。

2006年2月に半年間かかって、やっと胆のう摘出&膵管胆管パイパス手術を同時に致しました。

パイパス手術は、癌になりやすいから、この際にやっておこうと言う話になりました。

開腹手術は3、4時間かかったらしいです。膵管が細いと言う事も聞きました。

20cmの手術跡があります。発見して頂いた外科医のDr.と手術に全力を注いで下さったDr.に感謝申し上げたいと思います。

又、せっかく助けて頂いた命を大切にしたいと、今でも、食事制限は続けており、禁酒も続けております。大衆浴場には、恥ずかしい為行かなくなりました。

又、この手術後から、熱中症に毎年なる様になり、夏は外に出られない状態です。

腸閉塞にも、二回なりましたが、手術する事なく済んでいるので、もう、便秘をしない様に気をつけております。

昨年は、隣の市に引っ越した為に主人が、腸閉塞に似た病気、絞扼性イレウスになり、私が腸閉塞になっていなかったら、対応が遅れていたのではと思います。

幸い、私が、経験していたので、病院を押さえて、主人を早朝でしたが連れて行き、色々な検査の結果、緊急オペをし、輸血のサインもあった為、死を覚悟しました。

請求書は、私宛です。子供の頃にした虫垂炎の手術の跡、歩かなかった事が大きく原因しているそうです。

虫垂炎は、今は、必要な臓器です。再発して、再度入院しましたが、手術には至らず、貧乏生活ですので、風呂の残り湯を洗濯機とトイレに使っています。

お互いの健康が第一で、術後鬱になった事も大きく人生観を変えた様で、働けるまで働くと言っています。

もう、再発しない様に、精神神経科の救命医が外来もされている事が判り、今は、そのDr.にかかっています。

二人共、精神神経科にかかっていますが、主人は、早く復帰したがっていましたが、人生でそんなに休める時はないし、又、私の手術で転職を余儀無くされたばかりに、正社員でないので、老後もお互い働ける様に健康に気を付けたいと思っています。

私は、主人の手術前から、息苦しさを感じてこんな経験がなかったもので、循環器内科に今は通い関連収縮性狭心症との戦いです。

アラフィフ夫婦、老後も賃貸マンション生活をする為に、今のお風呂の水の使い方は、もし、主人が正社員になっても、続けていきます。

例え、水道代が月に300円しか安くならなくとも、一年間で3,600円です。

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